毒親もひとりの人間〜愛されていなかったわけではないかもしれない〜

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メンタル・マインド・カラダのお話

アダルトチルドレンについて調べていると結びつきやすいワード:『毒親』

最近では以前より頻繁に『毒親』という言葉が使われるようになってきました。

そもそも毒親とはなんでしょうか。

『◯◯をするのが毒親、◯◯しないのが毒親、
こういう子育てをするのが毒親、こういう性格の人が毒親』
と、具体的に何か決まっているわけではなく、結果的に子どもにとって毒の様になったことで、後にいわゆる『毒親』ということになります。

そのため、家庭環境が原因でアダルトチルドレンになった人の親の多くは、結果として『毒親』である可能性は思います。
ただ子ども本人がそのように思っていないのであれば、毒親と認識する必要もありません。

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そんなつもりはなかった親たち

アダルトチルドレンも毒親も、誰もなりたくてなっているわけではありません。

では、結果として毒になった親が全て悪いのでしょうか。
本当に子どものことを愛していなかったのでしょうか。
(あからさまな虐待やネグレクトはもちろんいけないことですし、機能不全家族が子どもの性格やその後の人生に影響を及ぼすことも明らかになっていますが、今日はいわゆる一般の家庭の範囲内でも起こり得ていることにフォーカスしたお話になります。)

多くの毒親育ちの子どもは、辛く苦しい、そして大人になっても自分の人生に影響を及ぼし続ける親が悪いと思いたいでしょう。
そして外野も弱いものを守るため、毒親に否定的になります。

私も全てを受け入れられるまでは、ずっと何年も両親を恨み憎んできました。

毒親の口癖としてよくあげられるのが
・「あなたのためを思って」
・「あなたのことを考えて」
・「こんなに色々しているのに」

これに対して、
「結果として子どものためになっていないのは、単なる『価値観の押し付け』」という意見もよく見られます。

「そもそも本当に子どものことを思っていたら『あなたのために』なんて恩着せがましいことは言わないだろう。」という意見もあります。

しかし、本当にそうでしょうか。

親も、親である前にひとりの人間です。
得意不得意もあれば、考え方までそれぞれ違います。

当たり前のように言われていますが、子育てに正解はありません。
多くの親は必死で『これで良いのだろうか』と日々葛藤しながら子育てしているのだと思います。

同じように育てても、双子でも兄弟でも全く性格が違う。

一見望ましくない子育てをしているように見えても、その子どもはすごく幸せになっていることだってあります。

よく知っている親子を見ていても、親のやっていることは毒親にありがちな特徴そのものなのに、その子どもは自己肯定感も高くいつもポジティブです。

なんでもかんでも『価値観の押し付け』にしてしまうのは、なんだかなぁ〜と感じるのが正直なところです。

私も結果的にはいわゆる『毒親育ち』です。

ずっと愛されたいと思っていました。
ひとりの自分を認めてほしいと思っていました。

しかし親は本気で愛していたかもしれません。
支配しているつもりもなかったでしょう。

子ども1人ひとり、感じ方も受け止め方も全く違うのです。

別の記事でも触れていますが、自分自身HSP気質ということもあり、やたら繊細なため結果的にこうなってしまったのかもしれません。

それぞれの性格に100%合った子育てができるなら、おそらく誰も悩みません。

親も色々と抱えながら、わからないなりに一生懸命考え、その時いちばん良いと思った方法で向き合おうとしていたのだと思います。

毒親をかばう気ではありませんが、親のせいにし続けるよりそのような考えに変わったこと、また自分を持つことができたことでとても楽になりました。

特に、親としてではなくひとりの人間として見るようになりました。
下記の記事でも記載しています。

【次回更新予定】

自分にはちょっと合わなかったんだ

両親から逃げても続くトラブル。そして陥った共依存、元夫の不倫・借金・DV。

その後警察から保護されて両親のサポートを受けることになり、不器用ながらも向き合って助けようとしてくれた親を見てやっと気づいたことがあります。

愛されていなかったわけではない
表現の仕方自分には合わなかったのだ

うちは家族写真もほとんどなく良い思い出はあまりありませんが、ある日自分が幼い頃の写真や、父に抱っこされている写真を見た時に『覚えていなかっただけで、きっと愛されていたんだ。』と思いました。

事件後の親のサポートやそれらに気づけたことで、長年の両親へのネガティブな気持ちにも変化がおとずれました。

接し方を変えることは怖かったですが、勇気を出して向き合い方を変えてみました。

そして数年かけてわだかまりの解消ができ、今では良好な関係を築けています。

あんなに憎んでいた両親。
久しぶりに顔を合わせるだけでも嫌気がさしていたあの頃。

甘えたくても甘えられなかった幼少期。
甘えることがいけないことだと思い込み、甘え方がわからなくなっていました。

しかし大人になった今、『甘えることが悪』という思い込みは、甘える方法がわからなかった幼き私の幻想であることに気がつきました。

親もある程度、大人になった私をただの子どもではなく『ひとりの人間』として見てくれることができるようになったのかもしれませんが。

『お父さん』『お母さん』『実家』という言葉を聞くだけで、ウンザリすることもありました。
一生地元に足を踏み入れたくないとも思っていました。

それが今ではつい心配になり連絡をしてみたり、実家に帰りたくなる時まであります。
(それでも関わったら関わったで面倒なことは多々ありますが、グチや笑い話にはできる程度の内容です。笑)

親孝行や感謝は無理にしなくていい

ぶっちゃけ、親孝行なんてしてもしなくてもどっちでもいいと思っています。

感謝だって無理にしなくて良いと思います。

むしろ毒になった親に対して、素直に感謝や親孝行をしたいと思えないのは自然なことです。

親孝行したいと思えない自分、できない自分、感謝の気持ちを持てなくても、悲観的になる必要など全くありません。

「何も知らないくせに。」と言いたくなるようなことを言ってくる人はたくさんいますが、そのような人の言葉は聞き流してもOKです。

私たちにも理解できないことがあるように、それぞれの事情を理解できない人がいるのは仕方がないことなのです。

母には「あんたを何度捨てようと思ったか。」と言われたこともありましたが、こちらも本音を言えば正直「勝手に産んどいて、辛い経験ばかりさせられて、無責任過ぎないか。」と思っていましたから。

多くの親は、もともとはきっと親孝行してほしくて私たちを産んだのではありません。

親を恨み続けるよりも、早く幸せを掴みに行きましょう🍀

その方が楽になれます。

いくら憎んでも代わってくれやしませんし、自分を生きていくしかないのです。

大丈夫です。

次回も『毒親』に関する記事になりますので、興味がある方はぜひお読みください。

それでは本日も、最後までお読みいただきありがとうございました。

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